しばらくご無沙汰してしまい申し訳ありませんでした。今回は以前ご紹介した「高血圧治療ガイドライン2019」(JSH2019) について改めて考えます。JSH2019ではクリニカルクエスチョン(CQ) に対するシステマティックレビュー(SR) を実施し、その推奨文を作成する方式を採用していますが、今回はその中からCQ7の「冠動脈疾患合併高血圧患者の降圧において、拡張期血圧は80mmHg未満を避ける必要があるか?」を取り上げたいと思います。
本文中の解説では、まずシステマティックレビュー・メタ解析の結果から収縮期血圧を130mmHg未満に低下させることの重要性を強調しています (心不全を30%、脳卒中を20%、心筋梗塞や狭心症を10%抑制)。一方で冠動脈への血流は拡張期に維持されるため、降圧により拡張期冠灌流圧が下がると心筋虚血を引き起こし心イベントが逆に増加する (Jカーブ現象) 可能性が懸念されています。実際に幾つかのRCTの後付け解析や観察研究では拡張期血圧が55〜70mmHg未満になると心血管イベントの増加がみられているのですが、これらの結果は前向きに降圧目標をたてて行ったものではないため、そのまま鵜呑みにすることはできません。
そこでJSH2019では拡張期血圧が80mmHgを達成したRCTを抽出してシステマティックレビューを行っていますが、死亡率の低下は認められませんでした (心不全や冠動脈血行再建は有意に減少)。その他、INVEST試験の後付け解析とCREDO-KYOTOレジストリーについても詳細な解析を行った結果、Jカーブ現象の本質は、冠動脈狭窄病変による心筋虚血に加えて、併存する疾患のために ①もともと拡張期血圧が低い、②降圧治療により過剰に血圧が下がりやすい症例では心血管イベントリスクが高い、という「因果の逆転」である可能性が高いという結論に至っています。すなわち拡張期血圧が低いことは心イベントの原因ではなく、心イベントを起こしやすいというマーカーである可能性が高いと言えます。
最終的な結論として、冠動脈疾患を有する高血圧患者さんにはまず130mmHg未満の降圧を優先して行い、その際に拡張期血圧が80mmHg未満に下がってもまず心配はいらないということでしょう。ただし70mmHg未満まで下がる場合は、現時点でエビデンスがないため、その患者さんの持つ病態 (心筋虚血、高度動脈硬化、全身の動脈硬化性疾患、心不全、CKDなど) と併せて慎重に降圧する必要がありそうです。