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HONEST Study

2/16 (火) に、Toyohashi Heart A to Z 学術講演会という循環器関連の研究会が開催されました。特別講演では、「心原性脳塞栓症の治療と予防 −NOACの活用−」という演題名で、熊本市立熊本病院 首席診療部長・神経内科部長の橋本洋一郎先生にご講演を頂いたのですが、私もその前座として20分ほど話をさせていただきました。私の講演は「HONEST Studyから得られた知見 〜家庭血圧測定の重要性〜」という演題名で、自治医大の苅尾教授らが中心となって行ったHONESTという大規模試験の紹介でした。HONEST Studyは、オルメサルタンという降圧剤を基礎治療とした高血圧患者さん約20,000例を対象とした大規模前向き観察研究です。Studyの主な解析結果はすでに2014年のHypertension誌に掲載されていますが、昨今SPRINT試験の結果を受けて、どこまで血圧を下げれば良いかという議論が再度活発になっている情勢を考え、皆さんの参考になればと思ってご紹介した次第です。
HONEST Studyの主な目的は、家庭血圧や診察室血圧と心血管系イベント (脳卒中や心筋梗塞など) の関連について検討することです。HONEST Studyは観察研究ですので、SPRINT試験のような降圧目標の設定もありませんし、他のランダム化比較試験 (RCT) のような対照群の設定や降圧剤内服の規定もありません。ですから、我々が普段診察室で行っているありのままの降圧治療が反映されていると考えられます。もちろんエビデンスの質という点ではRCTに劣りますが、20,000例を超える症例を集めた点、治療中の家庭血圧と心血管系イベントとの関連を見た点からも非常に興味深い研究と言えるでしょう。
結果を簡単に紹介しますと、降圧薬治療中の早朝家庭血圧が125mmHg未満の群と比べて、145mmHg以上155mmHg未満の群 (ハザード比1.83) および155mmHg以上の群 (ハザード比5.03) では心血管系イベントの発生率が有意に高値でした。またスプライン回帰分析という手法を用いると、早朝家庭血圧では124mmHgで最も心血管系イベントのリスクが低くなり、144mmHgを超えるとイベントのリスクが有意に高くなることがわかりました。
さらに、診察室血圧のコントロールが良好 (130mmHg未満) であっても、早朝家庭血圧のコントロールが悪い場合 (145mmHg以上) は、イベントの発生率が有意に高く (ハザード比2.47) 、逆に診察室血圧のコントロールが不良 (150mmHg以上) であっても、早朝家庭血圧のコントロールが良い場合 (125mmHg未満) では発生率は高くない (ハザード比0.87) ことがわかりました。
以上から論文では、診察室血圧がコントロール良好であっても、早朝家庭血圧を145mmHg未満にコントロールすることが心血管系イベントのリスクを抑制するために重要であり、実臨床における家庭血圧の重要性を裏付けるものであると述べています。なお論文内の記述はありませんでしたが、苅尾教授に直接お聞きしたところ、早朝家庭血圧が100mmHg程度まで下がってもイベントリスクは増えなかった (Jカーブ現象は認められなかった) とのことです。皆さんの今後の降圧治療の参考になれば幸いです。

東三学術講演会

1/20 (水) の東三学術講演会は、「心不全の予防における降圧の重要性 −SPRINT、EMPA-REG OUTCOMEを踏まえて−」という演題名で、東京都健康長寿医療センター副院長の原田和昌先生にご講演を賜りました。
原田先生は、まず「心不全パンデミック」という言葉を用いて、これから超高齢化社会を迎えるにあたって、特に高齢者の心不全が爆発的に増加する可能性があることを指摘されました。このテーマは、昨年日経メディカルという医学雑誌の特集記事にもなっていましたので、ご存知の方もいらっしゃるかと思います。先生は、高齢者の心不全の場合、単に心臓疾患としてだけではなく多臓器の老化という観点からも捉える必要があり、その中でも腎機能や栄養状態が患者さんの予後を規定する因子として重要であることを強調されました。また、かくれ心不全を早期に発見するためには、スクリーニング検査としてBNPが有用であることも教えていただきました。
そして、心不全を予防するためには降圧が最も重要であることを、ご自身の施設のデータや大規模臨床試験の結果を交えながらわかりやすく解説していただきました。ALLHATやHYVET、ACCORD-BPといった過去の大規模臨床試験から、降圧薬の中でもサイアザイド類似利尿薬 (クロルタリドンやインダパミド) やACE阻害薬の有用性が高いことを説明されるとともに、最近話題となったSPRINTやEMPA-REG OUTCOMEについても言及され、両試験とも使用した薬剤の降圧利尿効果 (SPRINTでは主にクロルタリドンの降圧利尿効果、EMPA-REG OUTCOMEではSGLT2阻害薬エンパグリフロジンが持つ利尿効果) が良好な結果をもたらしたのではないかと考察されました。
前回の「Doctor’s Topics」でも書いたように、SPRINT試験についてはまだ不明な点も残されており、今後のサブ解析結果が待たれるところですが、いずれの試験も薬剤の使用によって心不全の発症が有意に抑制され、その結果心血管死や全死亡も有意に減少している点は大変興味深いところです。利尿剤の使用過多による脱水や低血圧、腎機能の悪化には十分に注意する必要がありますが、サイアザイド類似利尿薬という古典的な薬剤の有用性について、今一度考える必要がありそうです。
 
*クロルタリドンは現在日本では使用されていません。

SPRINT試験

今回は、週刊誌でも報道され話題を呼んでいるSPRINT試験について考えてみたいと思います。
SPRINT試験は米国で行われた大規模臨床試験で、50歳以上の高血圧患者を対象に、収縮期血圧140 mmHg未満を目指した標準降圧群と、120 mmHg未満を目指した厳格降圧群に分け、心筋梗塞や脳卒中、心不全、心血管死などの発症に差があるかどうかを見たものです。その結果は、なんと厳格降圧群において心血管イベントの発生が25%低下し、総死亡も27%低下するという衝撃的なものでした。
この結果を受けて複数の週刊誌に「血圧を120以下に下げろ」などの見出しが躍り、現在の降圧目標値140/90 mmHgがさらに下がる可能性についても言及していました。中には「製薬メーカーの策略ではないか」なんて記事までありました(確かに降圧目標が下がれば降圧薬は売れますね)。私もすでに数名の患者さんから質問を受けており、世間の注目度がかなり高いことを実感しています。
ではSPRINT試験の結果は、すぐにでも臨床の現場で取り入れるべきものなのでしょうか。ここでは私なりに評価すべき点と注意すべき点に分けて整理してみます。
 
評価すべき点​
・9,000例を超える高血圧患者を対象にしていること。一般に症例数が増えれば信頼性も増しますが、試験を正確に実施することがとても大変になります。その意味でこの試験は重要な意義を持つと言えます。
・米国国立心肺血液研究所(NHLBI)を中心とした公的機関が実施したこと。製薬企業の利害が影響していないため、より信頼性が高いと思われます。
・75歳以上の高齢者でも厳格降圧群が優れていたこと。今までの大規模臨床試験では、特に75歳以上において140/90 mmHg未満に下げることの妥当性は示されていませんでした。
・今まで冠動脈疾患患者や高齢者で懸念されていたJカーブ現象(血圧を下げすぎると逆に死亡率が上がる現象)の存在が否定されたこと。これにより血圧を十分に下げることの妥当性が示されたものと考えます。

注意すべき点
・当たり前ですが、日本人を対象とした試験ではないこと。米国と日本では人種差もありますし、疾病構造も異なります(米国では心筋梗塞が多く、日本では脳卒中が多いことなど)。結果をそのまま日本人に当てはめてよいかどうかの検討が必要だと思います。
・すでに冠動脈疾患や腎臓病を合併しており、心血管病のリスクが高い症例が対象であること。すべての高血圧患者さんに当てはまる結果ではないと考えます。
・一方で、対象から糖尿病や脳卒中の既往がある症例は除外されていること。ということは、SPRINT試験の結果を糖尿病や脳卒中を合併している高血圧患者さんにそのまま当てはめることはできません。
・血圧測定が通常の診察室で行われている方法と異なること。詳細は省略しますが、白衣高血圧が可能な限り除外されているため、どちらかというと家庭血圧での血圧値に近いと思われます。
・厳格降圧群では心不全が著明に減少しており、全体の結果に影響を与えていること。SPRINT試験では、米国のガイドラインに従い降圧利尿薬を優先的にしたため心不全が抑制されたと思われますが、日本では必ずしも降圧利尿薬が第一選択薬として使用されていません。
・低血圧や失神、電解質異常、急性腎障害などの有害事象が厳格降圧群で多かったこと。これも降圧利尿薬の使用頻度が高かったことと関連している可能性があります。  

注意すべき点が若干多くなってしまいましたが、結論を言うと、SPRINT試験の結果を受けて慌てて治療目標を下げなくても良さそうです。ちなみに日本高血圧学会やJ CLEAR(臨床研究適正評価教育機構)からも同様の見解が出ています。これからサブ解析の結果も出てくると思いますし、詳細が判明してから日本の高血圧治療の現場で本当に適用できるどうか判断しても遅くはないと思います。我々が今出来ることは、一人一人の患者さんの特徴を理解し、それぞれに応じた目標値を設定した降圧治療を行うことだと言えるでしょう。
 
*薬剤や医療器具等の安全性、有効性などを確認するために、治療を兼ねて行われる試験(研究)のこと

SMART療法

11/12 (木) の豊橋内科医会は、「気管支喘息治療におけるSMART療法の有用性」という演題名で、東京女子医科大学・内科学第一講座の玉置淳教授にご講演を賜りました。玉置先生は喘息やCOPD治療の第一人者で、非専門医である我々かかりつけ医にもSMART療法が理解できるよう、わかりやすく解説していただきました。
現在の気管支喘息治療は、吸入ステロイド (ICS) もしくはICS/長時間作用型気管支拡張剤 (LABA) の配合剤が標準治療薬として広く使用されています。その結果、気管支喘息のコントロールは以前に比べて著しく改善したのですが、それでも発作時には短時間作用型の気管支拡張剤 (SABA) を別に吸入する必要があります。つまり患者さんは、普段使用する吸入薬 (controller) と発作時に使用する吸入薬 (reliever) の二つを使い分ける必要があるわけです。
しかしSMART療法は、ブデソニド/ホルモテロール配合剤 (ICS/LABA配合剤) を普段の治療だけでなく、発作時にも使用する治療法です。これによって患者さんはSABAを別途持参する必要がなくなります。さらにSMART療法は、発作時にSABAを使用する今までの標準治療に比べて、発作が増悪する回数を減らすことや、患者さんのQOLを改善させることなどが報告されており、非常に有用な治療法であると言えるでしょう。
ただしSMART療法は、患者さん自身で吸入の回数を調整する必要があるため、患者さんの深い理解が必要です。そうでないと吸入回数がいたずらに増えてしまったり、逆に定期の吸入をせずに頓用の吸入だけになってしまったりしかねません。我々医療者の十分な吸入指導と患者さんの深い理解が、SMART療法という新しい喘息治療法の成功の鍵となりそうです。

豊橋内科医会

10/22 (木) の豊橋内科医会研修会は、「糖尿病患者の感染管理」という演題名で、名古屋大学臨床感染統御学分野教授の八木哲也先生からご講演を賜りました。最近、新規糖尿病治療薬の登場や、それら新薬に関する大規模臨床試験の発表が続いたこともあり、糖尿病に関する研究会・講演会が非常に多くなっています。しかし今回の講演は、感染症の予防・管理の観点から糖尿病をみるという他の講演とは一線を画する内容であり、非常に興味深いものでした。
講演では、糖尿病患者さんの免疫能(好中球機能や液性免疫・細胞性免疫機能)がどうなっているのかという基礎的な内容から、実際に糖尿病患者さんが感染症を起こすリスクがどのくらい高いのか、感染症を起こした場合の死亡リスクがどの程度上昇するのかといった統計学的な内容、さらには糖尿病患者さんで注意すべき感染症とその感染管理といった実践的な内容まで、幅広く解説していただきました。中でも、血糖値が18mg/dl上昇すると感染症のリスクが6〜10%上昇することや、外科手術時に血糖値が200mg/dlを超えると術後の感染症リスクが上昇するため、200mg/dl未満を目標にコントロールする必要があること、が特に印象に残りました。幸い糖尿患者さんでも、ワクチンに対する免疫反応は正常に保たれているようなので、インフルエンザや肺炎球菌による肺炎など、ワクチンで予防できる疾患は積極的に予防することの重要性を再認識しました。
八木先生は大学の1学年先輩で学生時代から面識があったこともあり、懇親会の場でも、糖尿病患者さんが感染症を起こした場合の抗菌薬の使用方法についてアドバイスしていただきました。八木先生、貴重なご講演本当にありがとうございました。
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