今回は、週刊誌でも報道され話題を呼んでいるSPRINT試験について考えてみたいと思います。
SPRINT試験は米国で行われた大規模臨床試験で、50歳以上の高血圧患者を対象に、収縮期血圧140 mmHg未満を目指した標準降圧群と、120 mmHg未満を目指した厳格降圧群に分け、心筋梗塞や脳卒中、心不全、心血管死などの発症に差があるかどうかを見たものです。その結果は、なんと厳格降圧群において心血管イベントの発生が25%低下し、総死亡も27%低下するという衝撃的なものでした。
この結果を受けて複数の週刊誌に「血圧を120以下に下げろ」などの見出しが躍り、現在の降圧目標値140/90 mmHgがさらに下がる可能性についても言及していました。中には「製薬メーカーの策略ではないか」なんて記事までありました(確かに降圧目標が下がれば降圧薬は売れますね)。私もすでに数名の患者さんから質問を受けており、世間の注目度がかなり高いことを実感しています。
ではSPRINT試験の結果は、すぐにでも臨床の現場で取り入れるべきものなのでしょうか。ここでは私なりに評価すべき点と注意すべき点に分けて整理してみます。
 
評価すべき点​
・9,000例を超える高血圧患者を対象にしていること。一般に症例数が増えれば信頼性も増しますが、試験を正確に実施することがとても大変になります。その意味でこの試験は重要な意義を持つと言えます。
・米国国立心肺血液研究所(NHLBI)を中心とした公的機関が実施したこと。製薬企業の利害が影響していないため、より信頼性が高いと思われます。
・75歳以上の高齢者でも厳格降圧群が優れていたこと。今までの大規模臨床試験では、特に75歳以上において140/90 mmHg未満に下げることの妥当性は示されていませんでした。
・今まで冠動脈疾患患者や高齢者で懸念されていたJカーブ現象(血圧を下げすぎると逆に死亡率が上がる現象)の存在が否定されたこと。これにより血圧を十分に下げることの妥当性が示されたものと考えます。

注意すべき点
・当たり前ですが、日本人を対象とした試験ではないこと。米国と日本では人種差もありますし、疾病構造も異なります(米国では心筋梗塞が多く、日本では脳卒中が多いことなど)。結果をそのまま日本人に当てはめてよいかどうかの検討が必要だと思います。
・すでに冠動脈疾患や腎臓病を合併しており、心血管病のリスクが高い症例が対象であること。すべての高血圧患者さんに当てはまる結果ではないと考えます。
・一方で、対象から糖尿病や脳卒中の既往がある症例は除外されていること。ということは、SPRINT試験の結果を糖尿病や脳卒中を合併している高血圧患者さんにそのまま当てはめることはできません。
・血圧測定が通常の診察室で行われている方法と異なること。詳細は省略しますが、白衣高血圧が可能な限り除外されているため、どちらかというと家庭血圧での血圧値に近いと思われます。
・厳格降圧群では心不全が著明に減少しており、全体の結果に影響を与えていること。SPRINT試験では、米国のガイドラインに従い降圧利尿薬を優先的にしたため心不全が抑制されたと思われますが、日本では必ずしも降圧利尿薬が第一選択薬として使用されていません。
・低血圧や失神、電解質異常、急性腎障害などの有害事象が厳格降圧群で多かったこと。これも降圧利尿薬の使用頻度が高かったことと関連している可能性があります。  

注意すべき点が若干多くなってしまいましたが、結論を言うと、SPRINT試験の結果を受けて慌てて治療目標を下げなくても良さそうです。ちなみに日本高血圧学会やJ CLEAR(臨床研究適正評価教育機構)からも同様の見解が出ています。これからサブ解析の結果も出てくると思いますし、詳細が判明してから日本の高血圧治療の現場で本当に適用できるどうか判断しても遅くはないと思います。我々が今出来ることは、一人一人の患者さんの特徴を理解し、それぞれに応じた目標値を設定した降圧治療を行うことだと言えるでしょう。
 
*薬剤や医療器具等の安全性、有効性などを確認するために、治療を兼ねて行われる試験(研究)のこと