3月下旬には日本循環器学会総会、先週末(4月下旬) には日本医学会総会・日本内科学会総会・日本血管不全学会総会と大きな学会が続きました。もちろんそれらの内容もお伝えしたいのですが、今回は4月25日に5年ぶりに改定された「高血圧治療ガイドライン2019」(JSH2019) について取り上げたいと思います。とは言え、私もガイドラインを手に入れたばかりで全てを理解した訳ではありません (今回のガイドラインは281ページもある超力作です!) 。ただしそのエッセンスはすでにネットニュース等で紹介されていますので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。
まず最大の関心事は「高血圧基準値に変更があるか否か」でした。ご存知のようにアメリカのガイドライン (ACC/AHA高血圧ガイドライン2017) は、SPRINT試験の結果を受けて高血圧基準値を従来の140/90mmHgから130/80mmHgに引き下げました。一方で昨年改定されたヨーロッパのガイドライン (2018 ESH/ESC高血圧ガイドライン) では高血圧基準値自体は140/90mmHgに維持し、その代わりに降圧目標値を120〜130/70〜79mmHgに厳格化する方式をとってきました。結論から言えばJSH2019はヨーロッパのガイドラインにより近く、高血圧基準値では140/90mmHgを堅持した一方で、合併症のない75歳未満の成人の降圧目標値を130/80mmHg未満へと強化しています。この理由はいくつか考えられますが、まずガイドライン第2章「血圧測定と臨床評価」の中に記載されているように、米国のガイドライン変更の元となったエビデンスは全て欧米のものであり、わが国でのRCT (ランダム化比較試験) がほとんど存在しないことが挙げられます。他には、SPRINT試験で用いられたAOBP (自動診察室血圧測定) が通常の診察室血圧測定とは異なること (AOBPの方が10/4mmHgほど低いという報告があります) や、AOBPが日本ではほとんど普及しておらず今回のガイドラインでは血圧測定法として採用されなかったこと、も影響しているのではないでしょうか。以下に降圧目標値が130/80mmHg未満の対象者を挙げておきます。
① 75歳未満の成人
② 脳血管障害者(両側頚動脈狭窄や脳主幹動脈閉塞なし)
③ 冠動脈疾患患者
④ CKD患者 (蛋白尿陽性)
⑤ 糖尿病患者
⑥ 抗血栓薬服用中

なお、75歳以上の高齢者の降圧目標も140/90mmHg未満となり、JSH2014と比べて強化されている点にも注意が必要です。以下に降圧目標値が140/90mmHg未満の対象者を挙げておきます。
​① 75歳以上の高齢者
② 脳血管障害者 (両側頚動脈狭窄や脳主幹動脈の閉塞がある、または未評価)
③ CKD患者 (蛋白尿陽性)

JSH2019では、血圧値の分類にも変更がありました。具体的には診察室血圧が120/80mmHg未満のみを「正常血圧」と定義し、従来の正常血圧 (120-129/80-84mmHg) を「正常高値血圧」に、従来の正常高値血圧 (130-139/85-89mmHg)を「高値血圧」に、それぞれ変更しています (厳密には拡張期血圧の区分も若干変更されています)。また診察室血圧における高血圧の分類 (I〜III度)に変更はありませんが、新たに家庭血圧にも高血圧の分類 (I〜III度) が加わりました。ただしこの血圧値は単純に診察室血圧から5mmHg引いた値ではない点に注意が必要です。血圧値の分類に関しては分かりづらいと思いますので、詳細はガイドラインをご参照下さい。
それ以外にもJSH2019の特徴として、クリニカルクエスチョン (CQ) 17項目に対するシステマティックレビュー (SR) を実施し、その推奨文を作成する方式を一部採用していることが挙げられます。またエビデンスが十分でないものの多くの医療従事者が疑問に思っているクエスチョン(Q) 9項目についても回答 (コンセンサスレベル) を行なっています。私が特に気になったCQはCQ7の「冠動脈疾患合併高血圧患者の降圧において、拡張期血圧は80mmHg未満を避ける必要があるか?」と、CQ8の「心筋梗塞または心不全を合併する高血圧患者において、ACE阻害薬はARBに比して推奨されるか?」です。前者はいわゆる「Jカーブ現象」について、後者は二次予防患者に対する「ACE阻害薬とARBの同等性」について、これまでより踏み込んだ回答を行なっています。ページの都合もありますので、これらについては次回以降に詳しくご紹介したいと思います。
いずれにせよ降圧目標値が変更になったことで、これまでよりも厳格な降圧が必要となる場面がかなり増加するのではないかと思われます。急に降圧目標値が厳しくなることに対して疑問を持たれる患者さんも少なからずいらっしゃると思いますので、丁寧に説明を行い十分に納得していただく必要があると思っています。